正常と異常の間

文筆家三浦純平による、思想、政治、映画、笑いなどの感想録

愚痴の聞き方

 つい先日の事であったが、仕事が終わって僕が帰途についていた時、僕の後方にある若い女性の二人連れが同じ方向に向かって歩いていた。

 別段僕には行き違いの人の話を聞く趣味はないものの、同じ速度で二人連れも歩いていたので、彼女達の話が否応もなく聞こえてきた。

 「いや〜、…ドンマイ!」

 その一方の甲高くわざとらしい声が聞こえてきた。

 他方の女性が何か職場の愚痴を話しているものとみえ(この女性は声を抑えて話しているので僕には何も聞こえなかった。)、それをその甲高女性がなぐさめているという感じであった。
 (あ〜、あ〜、日頃働いていたら愚痴の一つや二つはあるだろう。その愚痴を聞いてもらう事で次の日も頑張ろうかという気になるのだろう。)
 と、僕は日常のありがちな一光景として彼女達の話に耳を傾けていた。


 ドンマイの声に促されてか、トーンは低いものの愚痴る女性はさらに甲高女に愚痴を話していく。

 「いや〜、…ドンマイ!」

 話は展開し(たようにみえ)、愚痴る女性はまくしたてるように調子を強めて甲高女に愚痴る。

 「いや〜、…ドンマイ!」



 絶対聞いてないでしょ、あんた!聞く気ないでしょ!
 全く同じ調子で三回同じフレーズを言いやがって。
 機械仕掛けのオレンジかって!
 しまいにゃ「いや〜、ゼンマイ」って言うんじゃねえかと期待した自分が悔しい。

 これはおよそ10秒〜20秒の間に起こった出来事だったのだが、それが僕にはなんとも面白かった。だから、こちとら横に並んで二人の話の行方を探ったろと思ったものの、オヤジになりかけている男が一人ニヤニヤ笑ってついてくるのも気味が悪いだろうなあと反省し、スタスタ歩く速度を速めた。

 その後彼女達がどうなったか知らない。
 愚痴っている子が「ちょっと話聞いてる?」と甲高女に尋ねたかも知らない。
 ただ一つ分かる事は、今においても愚痴っていた子の愚痴は一切解決していないだろうと言う事だけである。